進化する日本橋兜町を象徴するK5

新鋭のパティスリーや、スウェーデンから上陸した話題のマイクロロースターやビアスタンドなど個性的な飲食店が軒を連ねる、東京・日本橋兜町。新たなカルチャーの発信地として、感度の高い人たちが今、注目する街のひとつです。

もとは銀行だった、築100年の歴史ある建物をコンバージョンした「K5」。デザイン監修を務めたCKRは、外観も内観も、趣きある重厚な佇まいを生かしたデザインを提案した

渋沢栄一らにより東京証券取引所の前身となる東京株式取引所が建てられ、日本の経済の中心地だったこの街。その歴史と文化を継承し、かつての活気を取り戻すべく、近年、再活性化プロジェクトが進行中です。

その火付け役として、2020年に開業したのが「K5」。1923年に日本初の銀行(第一国立銀行)の分館として建てられた地上4階地下1階のこの建物は、建築家・西村好時によって設計され、西洋の建築様式を取り入れた重厚なファサードが特徴。K5では建物がもつ趣を生かした大規模なリノベーションが行われました。

左上/客室へと向かう共用廊下。床のタイルは、建物の1階に残っていたフローリングにインスピレーションを受けてデザインを起こした 右上/館内の至るところに置かれているグリーンを担当するのは、山梨で造園業を営むYard Worksで、定期的にメンテナンスに訪れているため、生き生きとしている。植物はCKRのオラも山梨を訪れ、イメージを伝えたという* 下/1階にはカフェ「SWITCH COFFEE」のほか、東京・目黒の人気レストラン「Kabi」の流れを汲む「caveman」、ライブラリーバー「Ao」が*

デザインを監修したのは、スウェーデン・ストックホルムを拠点に活躍するデザインユニット、CLAESSON KOIVISTO RUNE(CKR)。建築をはじめ、家具やテーブルウェア、家電と、暮らしにまつわるさまざまなプロダクトを手掛けてきた彼らの洗練されたデザインは、常に世界から注目を集める存在です。

K5は「東京に点在する自然そのものからインスパイアされたタイムレスなデザイン」がコンセプト。空間のデザインからアメニティ、音楽と、感覚に訴えかけるもてなしが織り込まれたK5は、“現在の東京”を感じられる、今、日本でもっとも注目すべきホテルのひとつ。開業以来、建築設計やデザインにかかわる人たちが「一度体感したい」と、全国から足を運んでいるとか。

K5のホームページはこちら
https://k5-tokyo.com

左上/全20室すべてにレコードプレーヤーとレコード、本が準備されている。音楽のキュレーションはDJや選曲家として活躍するCalmとEita Godoが担当。本はAoからのセレクト 右上/ドアは銅板貼り。建物がもつ趣に合わせ、経年変化で美しくなる素材が選ばれている。ブラケットライトの底面にはさりげなくCKRの文字が 下/インテリアの細部はCKRの感性で「海外から見た日本」を表現している。ベッドをぐるりと囲んだ藍染めのカーテンは「蚊帳」からインスピレーションを得た

CKRはK5の設計にあたり、彼らが見る“美しい日本”を、独自の感性でデザインに落とし込んでいます。それがもっとも表現されているのが、「Junior Suite」と「K5 Loft」 というホテルを象徴する特別な部屋。そして、そのなかにあるのがカスタールとコラボレートした「Tatami rug」です。今回は、CKRのひとりであるオラ・ルーネさんに、K5にカスタールのラグを選んだ理由や制作秘話など、インタビューしました。

“北欧と日本の間”を表現した
Tatami rug

–– 日本のホテルでは、客室にカーペットが敷き込まれているのが一般的ですが、「K5」の「Junior Suite」と「K5 Loft」はそうではなく、床の上にピース敷きのラグが置かれています。それはなぜでしょうか?

オラ・ルーネ K5では、既存の躯体を極力生かしたリノベーションを行っています。二つのスイートもまた、既存のコンクリート床をそのまま生かしていますが、ソファを置いたラウンジスペースはゆったりとした時間を過ごす場所なので、何か特別なものが欲しく、ラグを敷きたいと考えました。

また、K5の客室は、ベッドをぐるりと囲む円筒形のカーテンを設けているのも大きな特徴です。これは安心感と快適性をもたらすための手段で、ラグも同様の役割をもっていると思います。

–– 今回、K5のためにカスタールとコラボレートして「Tatami rug」を新たにデザインしています。イメージソースやその理由をお聞かせください。また、K5の客室において「Tatami rug」はどのような役割を果たしているとお考えでしょうか。

オラ・ルーネ “畳”は心と体を癒やしてくれるものです。私自身、日本を訪れる際にはたびたび旅館に宿泊しますが、客室に敷かれた畳は、乾いたい草の香りも相まって、いつも安らぎを感じさせてくれます。K5では、スカンジナビアと日本の中間のような表現をデザインとして落とし込みたかった。だから、ラグのデザインにおいて、そのメタファーとして“畳”を用いるのがふさわしいと考えました。

ホテルと住宅とでは、滞在時間が異なります。滞在時間が短いホテルは、即座に快適さを感じるようなデザインが不可欠です。“畳”は日本人にとって馴染みがあり、自分の「家」を連想させるものでもある。日本人はもちろん外国人も、部屋に入った瞬間からくつろいでもらえるのではないかと思っています。

–– 「Tatami rug」は「Amazing Grey」「Sunset Red」の2色です。これらのカラーはどのように決めたのでしょうか?

オラ・ルーネ 「Junior Suite」はコンクリートの床に馴染むようにグレーをベースにしたものを、「K5 Loft」には温かみのある赤を選びました。「K5 Loft」はもっとも特別な空間ですので、ここで過ごすゲストにV.I.P感を味わってもらえたらと考えました。

左/「Amazing Grey」はやわらかなライトグレーがベース。よく見ると、い草の編みが織りで表現されているのがわかる* 右/まるで夕日のように鮮やかな赤が目を引く「Sunset Red」。写真はスウェーデンで開催された、CKRが過去30年間に日本で手掛けたデザインを展示する「Claesson Koivisto Rune in Japan」。オークションハウス、Bukowskisで開催された*

–– 「Tatami rug」は、い草の繊維や織りまで表現された90×180cmという1畳分のラグを何枚もつなぎ合わせることで、まさに畳のような表情をつくり上げています。このラグはカスタールとともに、どのように実現していったのでしょうか?

オラ・ルーネ 「Tatami rug」は、カスタールのロングセラーである「Häggå」をベースにデザインしました。一般的に日本の畳は、1枚が約90×180cmで、長辺の両端に畳縁があしらわれています。カスタールの織機は幅90〜600cmまで織ることができ、織りの始めと最後には織りがほつれないように必ずエンディングと呼ばれる縁が取り付けられるのですが、これを生かして“畳”を再現できないかと相談しました。 通常、長方形のラグを製作する場合、短辺を幅に、長辺を長さに設定して織り上げていくのですが、今回は幅を180cmに設定し、長さを90cmで織り上げることになりました。

–– 一般的に、織りラグの場合、織り上げたものをオーダーに応じてカットして、四方がほつれないようにオーバーロックやバインディングで縁をくるんで納品されることが多いのですが、カスタールではオーダーサイズに応じて織機で一枚一枚織り上げていくため、幅側の両縁にはそうした縁が付きません。「Tatami rug」はカスタールの手法でないと実現がむずかしかったように思いますね。

オラ・ルーネ 彼らにとっても、これまでに経験がないことだったようです。しかしながら、何度か試作をしてもらっただけで、ほぼ問題なく出来上がりました。カスタールは常に、私たちのアイデアを最大限に発揮するための技術と知識をもっているので、信頼してデザインを生み出すことができます。

スウェーデン・ストックホルムにあるショールームで自ら試作を行うオラ。90cm×180cmに織り上げたラグをつなぎ合わせ、「畳敷き」を表現。糸で縫い合わせることも検討していたが、最終的には裏面からテープで接着する方法にたどり着いた*

※Tatami rugの試作の様子はこちらの動画をご覧ください

デザインプロセスの要は、
職人たちとの連携

–– K5以外にも、CKRはカスタールと数多くのコラボレーションを行ってきました。2013年には、ハンドタフテッドラグ「Tiles」のデザインを手掛けられていますね。このユニークなデザインはどのような発想から生まれたのでしょうか。

オラ・ルーネ 「Tiles」は、レンガやコンクリートブロック、スラブといった床や壁に用いる素材から想起しています。この3つのパターンは同じグリッドからできていて、ラグの周囲のエッジに細いボーダーをあしらっているのがデザインの特徴なのですが、糸を正確に打ち込んでいく必要があるため、実際の製造においてはかなり高い技術を要するようです。経験豊富なカスタールの職人たちの手があってこそ、私たちのデザインが実現できるのだと感じました。

上/2013年にはハンドタフテッドラグ「Tiles」をデザインした。写真はCKRが設計を手掛けたノルウェーの住宅「VILLA S+E」*(Photo by Åke Eson Lindman) 下左・右/「Pinstripe XL」は、もともと2007年にストックホルムのレストラン「Operakällaren」のためにデザインされ、2010年にストックホルムの5ツ星ホテル「Nobis Hotel Stockholm」のオープンに合わせて再構築された*  

–– ルーネさんはカスタールのものづくりにどのような印象をもっておられますか? また、カスタールとのコラボレーションにおける楽しさや魅力はどんな点でしょうか?

オラ・ルーネ カスタールはラグとカーペットを製造するメーカーとして世界でも独自の地位を築いています。彼らがスウェーデン西部にある本社の隣に自社工場を構えていることが、私たちのデザインプロセスにとって大変重要なことだと感じています。タフターやウィーバーといった技術者たちとアイデアを実現するために意見を出し合い、最適な技術を追求していくことができるからです。それも100年以上にわたり、ラグとカーペットに真摯に向き合ってきた経験がなせる技ですね。

ラグはゾーン(領域)をつくるもの

–– 最後に、ルーネさんにぜひお聞きしたいのですが、ラグをインテリアに取り入れることで、どのような効果が得られるとお考えでしょうか?

オラ・ルーネ ラグやカーペットは、ゾーン(領域)を生み出します。たとえば公共施設なら、ロビーでソファやミーティングテーブルの下に敷けば、パーティションを設けなくてもひとつの“場”が生まれます。まるで海の上に小さな島が浮かび、そこでさまざまなシーンが起こっているかのように。

–– ルーネさんは、ラグにはしっかりと機能があるとお考えなのですね。

オラ・ルーネ ラグやカーペットは足元を柔らかく包み込むので、純粋に気持ちがいい。住空間の快適性を向上してくれます。寝室ではカーペットを部屋いっぱいに敷き込んだり、リビングのソファやダイニングのテーブルの下に大きなラグを敷くのもいいですね。特に日本では、家の中で靴を脱いで過ごす習慣があります。ラグの気持ちよさをもっとも実感できるのではないでしょうか。

–– ゆったりとした時間を過ごすリビングやダイニング、寝室などにこそラグがあるといいですよね。シンプルに「ラグを敷くと気持ちいい」と伝えていきたいとあらためて思いました。ラグが椅子や照明器具などと同じように、インテリアに欠かせないものとして選んでもらえるとうれしいですね。

ルーネさん、この度は貴重なインタビューを誠にありがとうございました。

CLAESSON KOIVISTO RUNE

デザインユニット

1995年、Mårten Claesson、Eero Koivisto、Ola Runeの3人で結成したデザインユニット。スウェーデン・ストックホルムを拠点に、建築から家具、工業デザインと、幅広い領域で活動する。建築作品に「GUCCI」「Louis Vuitton」(ストックホルム)、「Sfera」(京都)などを手掛けるほか、「Asplund」や「Boffi」「Living Divani」などにデザインを提供している。https://www.claessonkoivistorune.se



“K5”, which opened in Nihonbashi Kabutocho, Tokyo in 2020, is attracting attention as a hotel where you can experience “current Tokyo”. In recent years, this area has undergone redevelopment to inherit on the history of the city, which was the birthplace of Japan’s financial market, and has become a center of new culture. K5 is also the symbol of that. K5 was extensively converted in 1923, design supervised by CLAESSON KOIVISTO RUNE (CKR) as design unit. This hotel has spaces that incorporate the “beautiful Japan” that they feel, such as indigo-dyed mosquito nets, cypress wood lattices and fittings, and brass plate doors. “Tatami rugs” that the collaboration between CKR and Kasthall are laid out on the two suite, “Junior Suite” and “K5 Loft”.

Concerning this design souse, Ola Rune says “For us the Tatami is something very comforting for the soul and body. I have numerous times stayed in Ryokans with straw tatami rooms and have always felt relaxed and peaceful. In these rooms the scent of dry grass is also important of course. When making the design for K5 Hotel we wanted to do designs that where somewhere between Scandinavian and Japanese in the idea and/or expression and we thought this was the perfect time to use the Tatami as a metaphore when designing this carpet.”

Tatami rug is based on Häggå, the yarn and weaving for this project were designed to resemble the expression of rush fibers. It makes the endings look like a real “Tatami mat edges”, and by connecting many tatami rugs of 90x180cm each, they have created a truly “tatami”-like expression.

CLAESSON KOIVISTO RUNE
Design unit of three architects 

A design unit formed in 1995 by Mårten Claesson, Eero Koivisto, and Ola Rune. Based in Stockholm Sweden, they work in a wide range of fields, from architecture to furniture and industrial design. In addition to architectural works such as “GUCCI”, “Louis Vuitton” (Stockholm), and “Sfera” (Kyoto), they have also provided designs for “Asplund”, “Boffi”, and “Living Divani”.
https://www.claessonkoivistorune.se

Photographs:Satoshi Shigeta(excluding *)
Text:Kyoko Furuyama(Hi inc.)
Creative Direction:Hi inc.